大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和60年(ネ)1544号 判決 1987年1月21日

控訴人 土橋隆利

右訴訟代理人弁護士 松江康司

被控訴人 小島武彦

右訴訟代理人弁護士 安藤貞一

主文

一  本件控訴を却下する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文第一項同旨

第二当事者の主張及び証拠

原判決事実摘示(原判決一枚目裏一〇行目から同二枚目裏末行まで)及び原審並びに当審各証拠目録記載のとおりである。

ただし、次のとおり付加する。

(控訴人の本案前の主張)

控訴人の本件控訴は、左記の事由により民訴法一五九条一項所定の要件を具備しているから本件控訴は適法である。

一  控訴人は、昭和五八年一二月一九日被控訴人より自己所有の建物に対し建物収去土地明渡等請求の訴えを提起された。右訴訟は、被控訴人より公示送達の手続で為されたため、控訴人は実際に訴状の送達を受けておらず、口頭弁論期日に不出頭のまま判決が言渡され通常の控訴期間が経過した。控訴人は昭和六〇年五月二七日になって右判決が出されていることを知り、同年五月三一日東京高等裁判所に対し控訴の申立を為した。

二  本件控訴は、言渡しの時より既に一一箇月を経過しており、通常の控訴期間は既に過ぎている。しかし、控訴人は、次の事由により、その責に帰すべからざる事由により控訴期間を遵守できなかったものである。

(1) 右原判決は、公示送達手続によって言渡されており、控訴人は、右訴訟が提起されたこと、裁判が開始したこと、そして自己の賃借していた土地について明渡の判決のあったことを全く知らなかったのである。また、控訴人は、被控訴人から右賃貸借契約を解除するなどという通知は全く受けていない。

(2) 原判決によれば、被控訴人は、控訴人の所在がつかめなかったために、公示送達の手続を取ったとのことであるが、控訴人は、債権者会議の際控訴人へ連絡を取れるよう連絡先を各債権者へ告知しており、その債権者会議に被控訴人も出席していたのである。また、本件賃借地のすぐそばに控訴人の姉が住んでおり、その者に控訴人の所在を聞けば、容易に判明したにかかわらず、そのような調査をしていない。

(3) 本件賃借地上の建物については、本件訴訟以前より競売手続が進行中であったが、被控訴人は、右競売手続を担当している千葉地裁の競売部へ本件訴訟が進行し、本件土地賃貸借は解除になることをわざわざ上申している。

ところが、一方で本件第一審の訴状、準備書面中の物件目録には、右賃借地上の物件は未登記物件であり、抵当権者等の債権者その他の利害関係人は、全く存在しないかの如く装っている。

(4) 控訴人が、明渡判決の事実を知ったのは、昭和六〇年五月二七日である。右債権者の一人より告知されて、知ったものである。

(5) 以上の事実関係によれば、控訴期間は既にはるか以前に経過しているので、もはや再審による外右控訴人を救済する途はないのである。しかし、右再審申立は、その事由が最高裁判所の判断によれば制限されており(最高裁昭和五六年(オ)第一二七七号、昭和五七・五・二七第一小法廷判決)、右裁判例の原審によれば、その理由として上訴申立の追完という途が認められている以上、更にそのうえに再審を認めなければならない実質的理由はないとしているのである(最二判昭和三六・五・二六民集一五・五・一四二五)。

(6) 従って、本件の如き事案に当っては、残された途は民訴法一五九条による上訴申立の追完という方法しかなく右控訴が認められなければ、再審の途もなく、従って、控訴人は一切の攻撃防御の方法を閉ざされたまま不利益な判決に甘んじなければならず、現在まで営々と築いてきた資産を失うことになるのである。

(被控訴人)

控訴期間徒過後、本件の判決言渡があった事実を知ったことにつき、控訴人にその責に帰すべからざる事由が存したとする控訴人の主張事実を否認する。

理由

一  原判決が、控訴人に対し、公示送達の方法によって昭和五九年六月三〇日送達され、それが形式上同年七月一四日の経過をまって上訴期間が満了していることは本件記録上明らかなところである。

二  ところで、控訴人は、右公示送達のあったことを知ったのは、昭和六〇年五月二七日であり、その翌日から起算して一週間以内である同年五月三一日に本件控訴を提起したものであるところ、右公示送達による原判決正本が、控訴人に対し、昭和五九年六月三〇日送達されたことを知らなかったことにつき、控訴人に過失があったものということはできず、本件控訴は適法である旨主張するので先ずこの点について判断する。

《証拠省略》を総合すると、

1  被控訴人は、昭和三四年四月一日、控訴人の父訴外亡土橋義士郎に対し、原判決添付別紙物件目録(一)記載の土地(以下、本件土地という)を建物所有の目的で賃貸し、同年一一月一二日右訴外人の死亡により、控訴人が本件土地賃借人たる地位を承継し、同地上に木造モルタル二階建建物及びその北側に隣接して鉄筋ブロック造りモルタル平家建建物を所有していたところ、昭和五三年五月一九日、右建物が火災により消失し、同月末ころ、控訴人は本件土地上にプレハブ住宅である原判決添付別紙物件目録(二)記載の建物(以下、本件建物という)を建築した。

2  ところで、控訴人被控訴人間の賃貸借契約中には、「賃借人が、土地内の建物が滅失し更に建物を建築しようとするときは、賃貸人と協定する」旨の特約がなされていたところ、被控訴人は、控訴人が右特約に違反したとして控訴人に対し、本件賃貸借契約を解除し、建物収去土地明渡の訴訟を千葉地方裁判所に提起し、昭和五八年七月一四日、同裁判所は、控訴人に右特約違反の事実は存在するけれども未だ地主との間の信頼関係を破壊する虞があるとは認めるに足りない特段の事情がある旨の控訴人の抗弁を採用し、被控訴人の請求を棄却する旨の判決をし、右判決はそのころ確定した。右訴訟の間、被控訴人は控訴人からの賃料の受領を拒否していたが、判決云渡後の段階で、控訴人と被控訴人とは本件土地賃料につき昭和五五年八月分より同五八年四月分までの賃料差額分(従来一ヶ月金一万二、〇〇〇円のところ、昭和五五年八月より一ヶ月金二万四、〇〇〇円、昭和五八年一月より一ヶ月金三万二、〇〇〇円とすることに合意したもの)及び同年五月分より八月分までの未払賃料合計金五五万六、〇〇〇円を支払う旨合意し、被控訴人はそれまでの賃料受領拒否の態度を改めて受領することとし、控訴人は、同年七月二八日右と同一額面金額の持参人払式小切手を同年八月二五日付の先日付で振出し被控訴人に交付したが、同年八月二六日不渡となり被控訴人は右金額の支払を受けられなかった。

3  控訴人は、本件建物において「土橋プラセット」という商号でおもちゃの製造販売業をしていたが、昭和五八年八月二五日倒産した。控訴人は、それまで市川市東大和田一丁目二番一四号に居住していたが、右倒産の前日、市川市平田四丁目二三番一八号に転居し、以来、同所に居住したが、控訴人には当時約四億円に上る負債があり、多数の債権者に居所を確知されることを懸念し、自己の新住所を明らかにせず、住民票の記載も新住所に改めることをしなかった。

4  被控訴人は、同年八月二六日、本件建物を調べに行ったが、そこには別人が住んでいて控訴人の所在は不明であった。被控訴人は、同年九月一日控訴人の旧住所(控訴人の妻の住民票上の住所)(市川市東大和田一丁目二番一四号)宛、同年九月六日控訴人の住民票上の住所(本件建物の所在する住所、市川市南八幡四丁目一一番一二号)宛、いずれも、前記未払賃料支払の催告、条件付賃貸借契約解除の意思表示を内容とする書留内容証明郵便を発したが、いずれも転居先不明の理由により配達不能であった。同年九月一二日ころ、被控訴人は本件建物を調べたが出入口は閉鎖されて無人であり、入口には「宮本興業」なる看板があるだけであった。

5  右の経緯を経て、昭和五八年九月一六日、控訴人に関する債権者会議が市川市南八幡所在の勤労福祉センターで開かれ、被控訴人は前記未払賃料を債権として届出、右債権者会議に出席したが、控訴人は、そこでも自らの住所を明らかにすることをしなかった。

6  被控訴人は控訴人が倒産してから一週間位後に、本件土地の近所に居住している控訴人の姉から控訴人の所在が分らないので探しているということをきいた。

7  被控訴人は、昭和五八年一二月一九日、千葉地方裁判所に対し、控訴人の賃料不払を理由に本件賃貸借契約を解除し、建物収去土地明渡を求めて本件の訴えを提起し、同日、公示送達の申立(昭和五九年四月二一日許可)、昭和五九年一月一二日控訴人の行方不明を理由に意思表示の公示送達の申立を市川簡易裁判所に対してなし、右意思表示は同年四月一〇日の経過により効力を生じ、右訴訟事件については、千葉地方裁判所において同年六月一四日第一回弁論期日、同日弁論終結、同年六月二八日原判決の言渡がなされた。

8  控訴人は、被控訴人が賃料受領を拒否しているとして、昭和五九年四月二日、千葉地方法務局市川出張所に対し、昭和五八年七月分から昭和五九年四月分までの賃料として金一二万円を供託しているが、その頃、現実には、市川市平田四丁目二三番一八号に居住しているのに、債権者に知られることを懸念し、供託者住所欄に市川市東大和田一丁目二番一四号と虚偽の記入をしている、

ことが認められる。

《証拠判断省略》

右認定の事実によれば、控訴人は、多数の債権者らの権利行使を事実上阻害する目的により、倒産と相前後して住所を移転し、債権者から行方をくらましていたものと見るほかないところ、被控訴人との間においても、賃料増額の合意をし、未払分相当につき小切手により支払うこととしておきながら、右小切手を不渡としたことにより、早晩、賃料不払により、被控訴人との間において本件賃貸借契約をめぐる紛争が現実化することが容易に予想できる状況にあったものというべきである。他方で、被控訴人としては、権利を実現するためには、控訴人に対し、賃料不払により賃貸借契約を解除し、建物収去土地明渡訴訟を提起するしか方法がなく、しかも控訴人の所在が不明である以上、それに対する訴訟書類の送達は公示送達の方法による以外ないことも控訴人として予測できた筈である。従って、右のような場合において、控訴人が公示送達による判決の送達を知らなかったため控訴期間を遵守できなかったとしても、それは民訴法一五九条所定の「其ノ責ニ帰スヘカラサル事由ニ因」るものということはできないのであり、むしろ、控訴人が自ら招いたところのその責に帰すべき事由によって控訴期間を遵守できなかった場合に該当するものというべきである。

してみると、控訴人による本件控訴は、民訴法一五九条所定の訴訟行為の追完を許される場合には該当せず、控訴期間を徒過したものとして不適法たるを免れない。

三  よって、控訴人による本件控訴はこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武藤春光 裁判官 菅本宣太郎 秋山賢三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例